

千百年余の伝統を有し、毎年7月1日の吉符入りから31日の疫神社夏越祓まで1カ月に渡る神事が今年も京都に夏を告げる。
京都八坂神社のお祭り祇園祭は、平安時代の貞観11年(西暦869年)に京都をはじめ日本各地に疫病が流行したとき、平安京の広大な庭園であった神泉苑(当時は東西約250m南北約500m)に、その時の国の数66本の鉾を立て、神輿三基を送り、祇園の神牛頭天王を祀り、疫病退散を祈願した祇園御霊会(ごりょうえ)が始まりです。
祇園祭のその規模の壮大さと歴史の長さは世界でも有数です。応仁の乱や第二次世界大戦で一時中断したものの、京都の精神の歴史とも言える祇園祭は八坂神社の氏子をはじめ、町衆により再開されました。南北朝の頃になると現在の鉾町の町衆らによって町々の風情を凝らした山鉾が造られ、祇園祭に興を添えるようになる。
また現在のような山鉾は桃山時代から江戸時代にかけて形成されました。中国、インド、ペルシャなどからシルクロードを経て持ち込まれたタペストリーや京都の西陣織などの懸装品、優れた彫刻や精緻な欄縁金具などの工芸装飾品で豪華絢爛に飾られるようになり「動く美術館」と称される。現存する32基の山鉾のうち29基が、国の重要有形民俗文化財に指定され、17日に行われる【山鉾巡行】は重要無形民俗文化財に指定され、2009年9月30日にはユネスコより無形文化遺産に登録されています。

中御座
素戔鳴尊-すさのをのみこと
東御座
櫛稲田姫命-くしいなだひめのみこと
(素戔鳴尊の妻)
西御座
八柱御子神-はやしらのみこがみ
(八王子、八人の子供)

中御座(三若神輿会)、東御座(四若神輿会)、西御座(錦神輿会)の三基のお神輿に乗られた御神霊を八坂神社の氏子の各町内を巡幸し四条寺町の御旅所に行きます。そこに七日七夜留まわれた後、再び八坂神社にお帰りいただきます。御旅所に行かれる7月17日を神幸祭(しんこうさい)、八坂神社に帰って行かれる7月24日を還幸祭(かんこうさい)といい、山鉾巡行はその神幸祭、還幸祭の前に行われます。
山鉾巡行は、17日午前9時に四条烏丸をスタートして約2時間かけて市中心部を巡行する。先頭の長刀鉾(なぎなたぼこ)の稚児が行う「しめ縄切り」、烏帽子姿の奉行による「くじ改め」、函谷鉾・鶏鉾・鯉山や各山鉾を飾る色鮮やかな織物、からくり仕掛けの蟷螂山など。また10日からの鉾町で釘も使わずに建ち上げ組み立てられる鉾建て(狭い道路での作業になりますのでご迷惑にならないようにお願いします)。
そして私たち京都デザインが一番お勧めしたいのが、祇園祭の信仰の中核を担う【神輿の神事】。祇園祭は毎年、豪華絢爛に飾られた鉾町の山鉾がクローズアップされていますが17日山鉾巡行が終わる夕刻から始まるもう一つの祇園祭があります。三基で1,500人以上もの神輿の担ぎ手が八坂神社の氏子たちの各町内を別々に練り歩き四条寺町の御旅所まで行く神幸際。
特にお勧めなのが、祇園石段下に三基の神輿が集結し担ぎ手たちがお神輿を頭上高く差し上げる【差し回し】などの技を披露する約30分の熱気と大迫力は必見。
また24日の花傘巡行の後に始まる還幸祭は、神幸祭とは逆に四条寺町の御旅所から祇園八坂神社に帰って行かれる時も同様の熱気と大迫力です。
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