太秦にある 古墳は、嵯峨野の古墳群の中でも最大の規模であり、この地を本拠とした秦氏一族の統率者を葬ったと考えられている。
上品蓮台寺や醍醐寺に伝わる は、釈迦の伝記を絵解きした経典で、奈良時代の絵画を今に伝え、国宝に指定されている。
都大路の春景を詠んだ歌「見わたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける」(素性法師)は、わが国最初の勅撰和歌集である に収められている。
平安中期に編纂された律令の施行細則 には、全国の「式内社」を記載した神名帳が収録されている。
千本閻魔堂とも呼ばれる寺院 には、紫式部の墓と伝えられる石塔があり、重要文化財に指定されている。
平等院鳳凰堂の本尊阿弥陀如来坐像(国宝)の作者 は、寄木造の技法を完成させ、和様彫刻を大成した。
永暦元年(1160)、後白河院が創建した神社 は、院御所であった法住寺殿の鎮守とされ、現在境内にあるオオクスノキは京都市の天然記念物に指定されている。
京中に営まれた平清盛の 邸は、「玉をみがき金銀をちりばめて作られたりし」(『平家物語』)といわれたが、都落ちの際、火をかけられて灰燼に帰した。
栂尾の高山寺は、華厳宗中興の祖である により鎌倉時代に再興され、「鳥獣人物戯画」(国宝)があることで著名である。
古くから方除けの神として信仰を集める神社 は、後鳥羽上皇が流鏑馬に事よせて諸国の兵を募り、承久の乱を起こしたことで知られる。
通称「苔寺」とよばれる西芳寺の庭園は、 が作庭したと伝えられ、国の史跡・特別名勝に指定されている。
丹後の寺院 は、西国三十三所観音霊場の第二十八番札所で、雪舟の「天橋立図」(国宝)にも描かれている。
豊臣秀吉による京都の都市改造の一つとして造られた土塁は と呼ばれ、軍事的防衛や洪水対策とともに、洛中と洛外を明確化する役割があった。
大徳寺の塔頭孤篷庵の茶室 (重文)は、十二畳からなる書院風の茶室で、庇下の中敷居の上に明障子を入れ、下方を吹き放ちにした縁先で有名である。
『東海道中膝栗毛』には「商人のよき衣きたるは他國に異にして、京の の名は、益西陣の織元より出」とあり、当時の京の人々の衣服への関心の高さがうかがえる。
東寺、仁和寺とともに京都三弘法の一つに数えられる寺院 は、幕末の女流歌人大田垣蓮月が晩年隠棲したことで知られる。
第3代京都府知事の は、琵琶湖疏水事業を推進し、京都の近代化に大きな役割を果たした。
「煙草王」として名を馳せた村井吉兵衛が東山に建てた は、ロココ様式を取り入れた洋館として著名であり、現在京都市の文化財に指定されている。
第3回内国勧業博覧会に出品した「四季美人図」で画名を高めた は、昭和23年(1948)、女性として初の文化勲章を受章した。
昭和62年(1987)、京都市西京区に設立された は、国内外のさまざまな分野の研究者が集まり、国際的・総合的な観点から日本文化に関する研究を行っている。
江戸中期の扇絵師で、斬新なデザインによる彩色を考案し、今日の高級手書き染色の基礎を築いたとされるのは誰か。
江戸後期の京焼の陶工で、主に煎茶器を制作、のち青蓮院宮粟田御所の御用焼物師となったのは誰か。
奈良時代に唐から伝わり、神具や仏具、鎧兜、帯締めなど幅広い用途に使われる経済産業大臣指定の伝統工芸品は何か。
茶道の三千家が指定した茶道具の職方である千家十職のうち、長次郎を祖とする茶碗師は何家か。
唐から伝来した散楽や日本古来の諸芸が交じり合い、平安時代に盛んになった芸能で、後に能・狂言に発展したのは何か。
江戸時代、家元が将軍家に仕えるため江戸に移った後、京都で観世流の素謡の師範にあたった家を総称してなんというか。
石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」で知られる南禅寺の三門を舞台とした歌舞伎の演目は何か。
京舞井上流の「井菱」の紋は、五摂家のどの家に由来するか。
京都の五花街の芸舞妓がそろって顔見世を鑑賞する行事をなんというか。
今年は京都で劇映画が生まれて100年になるが、第一作である「本能寺合戦」で監督を務めたのは誰か。
特大の鏡餅を持ち上げる時間を競う「餅上げ力奉納」で知られる醍醐寺の行事は何か。
祇園祭の綜に付けられた護符には、牛頭天王の故事にちなんで何と書かれているか。
2月の初午の日に食べる辛和えに用いる野菜で、京都府の「京都の伝統野菜」に指定されているのは何か。
石山本願寺が織田信長に攻められた際、門徒たちが食した兵糧に由来する西本願寺の御用菓子は何か。
三条通御幸町にあり、男の子がさわれば力持ちになるとか、病魔や火魔から逃れられると言い伝えられる石を何と呼ぶか。
「九重は上がる下がるでむずかしい」の句を載せている元文元年(1736)刊行の雑俳集は何か。
京都の気候風土を「冬はいみじう寒き、夏は世に知らず暑き」と書き表した平安時代の女流文学者は誰か。
京町家は間口が狭く奥行きが深いところに特徴があるが、それを何と表現するか。
宇治橋から宇治上神社を通って源氏物語ミュージアムに至る、源氏ロマンあふれる道を何というか。
谷崎潤一郎の『細雪』で「まことに此処の花を措いて京洛の春を代表するものはない」と賞賛されているのはどこの神社の桜か。
京都では、毎年8月7日から10日にかけて、多くの人が六道珍皇寺に参詣し、先祖の霊を冥土から呼び戻す「迎え鐘」を撞く。この地は、古くから東の葬地であった (41) の入り口にあたり、 (42) が冥土通いをしたという伝説で知られている。門前で販売されている (43) という飴は、江戸時代の民間伝承に由来し、参詣の折に購入する人も多い。
「迎え鐘」の期間中、 (44) 一帯では陶器祭が行われ、500を超える出店で賑わい、掘り出し物を求めて全国からやきものファンが訪れる。近くには、通称陶器神社とも呼ばれる (45) があり、8日には陶器神輿が出御する。
14日から16日までの3日間、東山山麓では、涼しくなる夜間に墓参りができるよう約1万個の提灯をともす「 (46) 万提会」が行われる。
お盆の間、家庭では団子や野菜、湯葉などで精進料理を作り、仏壇にお供えする。16日には (47) を炊いてお供えし、その湯がき汁を門口に撒くと精霊はこの世に未練を残さず冥土に帰ることができるという。寺町三条の寺院 (48) では、先祖の霊を迷わず冥土へ送るための「送り鐘」が行われ、終日参拝客で賑わう。
16日の夜、夏の夜空を彩る「五山の送り火」によって、お盆の行事はクライマックスを迎える。午後8時、大文字山の大文字を最初に、妙法、船形、左大文字と順番に点火され、最後は曼荼羅山に (49) がともされる。また送り火が消えたころ、松ヶ崎の寺院 (50) では、盆踊りの古い形を伝える題目踊りが行われる。
送り火は、京都の夏の風物詩として毎年多くの観光客が訪れる一方、地元の人々にとってはお盆を締めくくる大切な行事として現在に受け継がれている。
もの思へば 沢のほたるも わが身より あくがれ出づる たまかとぞ見る
ちぎりをく 花とならびの 丘のへに あはれいくよの 春をすぐさむ
遮那王が 背くらべ石を 山に見て わがこころなほ 明日を待つかな
かにかくに 祇園はこいひ 寝る時も 枕の下を 水のながるる
月はおぼろに東山 かすむ夜ごとのかがり火に 夢もいざよふ紅ざくら しのぶおもひをふりそでに 祇園恋しや だらりの帯よ
長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山 から5つ
(上下賀茂社の正式名称、5月15日に行われる行列の名称、本列および女人列の中心人物は必ず含むこと)
(東軍および西軍を率いた大名、戦端が開かれた神社、当時の将軍とその正室は必ず含むこと)
(造営した2人の親王、建築の様式、現存する茶屋、賞賛したドイツ人建築家は必ず含むこと)
※1級は記述式と論術式の問題に分かれており、論述問題部分の採点は困難なため、記述式の問題のみの採点とさせていただきます。また当サイトで解答例として表示された内容以外の解答でも正解となる場合がございます。
京都写真ギャラリーの一覧を見る