紅葉狩り2013

建仁寺の塔頭である西来院、霊源院。普段は非公開の両院ですが11/23~30まで特別拝観(主催:大本山建仁寺 塔頭 西来院・霊源院 共催:特定非営利活動法人 京都文化協会)が行われ、その特別拝観に京都デザインのボランティアスタッフの方々が取材に行ってくださいました。西来院、霊源院を中心に、京都各地の秋の様子を写真とレポートでお届けします。
(写真はスライドショーになっております。画像下のナビゲーションボタンをクリックするか、画像の上にマウスを乗せると表示される矢印をクリックすると手動で切り替わります。)

西来院

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  • 西来院05

建仁寺の境内から案内に従って進むと、石の参道と小ぶりな山門がみえ、きれいな苔の前庭が出迎えてくれます。その先の花頭窓からは庭園の紅葉がのぞいており、秋の彩を楽しませてくれました。

院内には最新デジタル技術で精巧に複製された光琳や雪舟の名品が展示されており、日本の印刷技術の高さに目を見張りました。
庭園を眺めていると、祇園~東山界隈の賑わいとは、また違う落ち着いた秋のたたずまいを堪能でき、時間がゆるやかに流れているようでした。

ボランティアの案内の方から、荒廃していたかつての建仁寺の境内のことなどを伺い、再建された院の風情に感慨を深められました。
(写真・レポート:chiakiさん)

  • 西来院06
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午後の陽ざしが、もみじと障子を照らします。
ゆったりとした午後を流れる時間。
色づいたももじは、贅沢な晩秋の午後を演出してくれます。
そんな建仁寺塔頭の西来院です。
(写真・レポート:Norichanさん)

霊源院

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建仁寺、勅使門と三門の間の石畳の道を東に入ると霊源院の門が表れます。書のある衝立の奥に茶室をしつらえた間があり、侘びの趣のある風情を楽しめます。

今回、初公開となった甘露庭には近隣小学生により植えられた甘茶が育っており、夕暮れのライトアップに照らされていました。 当日は庭づくりをしたお子さんのご家族と思しき方々も来られており、大きく育った茶の葉をみて感慨深げにご住職と語らいもたれてていました。

禅宗寺院という少々空気の張りつめた感のある空間が、和みのある場となり、ご住職のお人柄が偲ばれるひと時に出会えました。
(写真・レポート:chiakiさん)

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玄関に掛けられた笠とわらじは、当主がおいでになるしるしでしょうか。

ここは、一休禅師ともゆかりのある建仁寺塔頭の霊源院。 院の中には3つの茶室があります。そのひとつのお茶室へ・・・何と、部屋の中に「にじり口」があります。にじり口からお茶室に入ると、床の間には、一休禅師の書かれた扇が置かれてありました。

そこでいただいたおぜんざい。 「ぜんざい」とは、小豆汁を食べた一休禅師がそのおいしさに「善哉(よきかな)」といって以来「ぜんざい」と呼ばれるようになったとか・・・

善きおぜんざいを、善き茶室でいただけた、善き一日でした。

(写真・レポート:Norichanさん)

毘沙門堂

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京都市山科区安朱の毘沙門堂は、大宝三年(703年)に文武天皇の勅願により行基が創建した京都市上京区の護法山出雲寺が起源と云われています。

この毘沙門堂では後西天皇の皇子公弁法親王が受戒し、晩年には隠棲されたことから代々法親王が住持となり、門跡寺院「天台宗五箇室門跡」のひとつとなりました。また、伝教大師が唐より将来された鎮将夜叉法という行法は、天台五箇大法のひとつとして毘沙門堂だけに伝わる秘法です。

勅使門にいたる参道は紅葉の名所となっています。 境内の東に位置する弁天堂には、太閤秀吉公の大政所高台尼公が大阪城内で念じていた弁才天が安置されています。 江戸時代初期の池泉回遊式庭園「晩翠園」には、心字の裏文字を形取った池、亀石、千鳥石、座禅石などが据えられ、秋には紅葉の名所として知られています。→毘沙門堂情報
(写真・レポート:kojiroさん)

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