琳派400年 京都の琳派ゆかりの地をたずねて

琳派をめぐる京の旅

京都には琳派ゆかりの地が数多くあります。琳派のはじまりの地と言っても良い光悦村のあった鷹峯の光悦寺と常照皇寺、光悦がデザインした庭園のある本法寺、宗達の代表作が所蔵されている建仁寺など…。京都にお越しになった際には琳派ゆかりの地やその界隈を回ってみるのも面白いのではないでしょうか?KYOTOdesignでは琳派ゆかりの地が入ったコースをご紹介しています。旅のご参考になれば幸いです。

琳派ゆかりの地

光悦寺

琳派の祖・本阿弥光悦が、徳川家康よりこの地を与えられ、一族や工匠等と供に移り住み芸術郷を築きました。光悦は、刀剣鑑定のほかにも、多くの才能に優れており、芸術指導者としても活躍しました。光悦が亡くなった後に、本阿弥家の位牌堂は本法寺の日慈上人によって寺に改められました。

三千院

自然の地形を巧みに利用した境内には、豊臣秀吉の建立と伝える客殿や宸殿が建ち、有清園・聚碧園と呼ばれる2つの美しい庭園があります。神坂雪佳作の御所車衝立を円融蔵宝物館で鑑賞することができます。

醍醐寺

醍醐の桜として有名で、豊臣秀吉もここで花見をしたといわれています。また宗達の作品が多く収められていて、醍醐寺と宗達の深い繋がりを伺うことが出来ます。2015年10月1日から2016年2月28日まで「宗達とその時代」をテーマに企画展が実施されます。※参拝不可の日が生じる場合があるので要問合せ

本法寺

琳派の祖・本阿弥光悦の菩提寺です。光悦が作ったとされる「巴の庭」や長谷川等伯作「佛涅槃図」などが納められています。その他にも光悦ゆかりの寺宝が所蔵されています。

善峯寺

桜と紅葉の名所として有名です。琳派400年に合わせて2015年10月・11月の土日祝日と11月10日~12月6日まで「神坂雪佳企画展-近代琳派の画家-」が開催されます。

妙顕寺

京都における法華宗を成す寺院で、発展に大きく寄与した寺院です。境内にある3つの庭の中の1つ「光琳曲水の庭」は尾形光琳の絵画を基に作られたといわれています。また、塔中の泉妙院には光琳とその実弟尾形乾山のお墓があります。(門の外から見ることが出来ます。)

琳派ゆかりの地とその界隈を巡る観光コース

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photo by hiro

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東山七条界隈の国宝・重要文化財をめぐる

東山七条の界隈の重要文化財、国宝をめぐります。血天井で有名な養源院には琳派の大画家俵谷宗達が描いた襖絵「松図十二面」や白象、唐獅子、麒麟を描いた杉戸絵があります。

photo by 沙都

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