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隠れた名所で青もみじとお茶を楽しむ「桂春院」

投稿日 2014/08/07

慶長3年(1598年)に創建された妙心寺の塔頭寺院です。 妙心寺は建武4年(1337年)花園上皇の帰依をうけて創建されましたが、 応仁の乱の兵火で多くの伽藍は焼失してしまいます。 安土桃山時代になって諸国の戦国武将の援助により、七堂伽藍は整備され、 多...

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初夏の青モミジ「法然院」

投稿日 2014/08/07

平安時代初期の天台宗の高僧・円珍がこの地で道に迷った時、一頭の鹿が現われ円珍を導いたとの伝承がその名の由来といわれる左京区鹿ケ谷。 鹿ケ谷は鎌倉時代初期に、浄土宗の開祖・法然上人が弟子の安楽・住蓮らとともに、念佛三昧の別行を修し、六...

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処刑された二人の僧を供養する寺「安楽寺」

投稿日 2014/08/05

東山三十六峰の一つ善気山麓にある住蓮山安楽寺は、浄土宗の開祖である法然上人の二人の弟子「安楽」と「住蓮」の供養のために建てられた寺院といわれています。 鎌倉時代の初め、法然上人に帰依した安楽と住蓮は、現在の安楽寺のある地より1㎞ほど東...

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豊臣秀吉ゆかりの寺を訪ねる「方広寺」

投稿日 2014/08/04

京都の街を南北に延びる東大路通の一筋西にある大和大路を七条から北に歩くと方広寺の石垣が見えてきます。 天台宗の寺院である方広寺は、豊臣秀吉が東大寺に倣って大仏(盧舎那仏)を安置するために天正十四年(1586年)から十年もの歳月をかけて造ら...

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宮本武蔵ゆかりの神社を訪ねる「八大神社」

投稿日 2014/08/03

鎌倉時代、永仁二年(1294年)に創建された一乗寺の八大神社は、古くから「北天王」(北の祇園)と称され、皇居守護神十二社中の一つにもなっています。 一乗寺の産土神さま・氏神さまとして「素盞嗚命」「稲田姫命」「八王子命」を祀るこの神社は、方...

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芭蕉ゆかりの草庵と枯山水の庭「金福寺」

投稿日 2014/07/29

左京区一乗寺才形町にある金福寺は、第三代天台座主の円仁(慈覚大師)の作といわれる聖観音菩薩をご本尊とする寺院です。 金福寺の創建は清和天皇の貞観六年といわれ本堂の南に広がる枯山水の庭の後方には、平安時代から変わることのない東山の峰を...

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石川丈山の草庵「詩仙堂」

投稿日 2014/07/27

江戸時代初期の文人・石川丈山(いしかわじょうざん)は三河国の徳川家に仕える武士の家に生まれ徳川家康の家臣として大坂夏の陣に出陣しましたが、命令に背いたことから家康の怒りに触れ浪人となり、その後、林羅山の勧めによって藤原惺窩(せいか)...

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独特の工法で組まれた光悦垣「光悦寺」

投稿日 2014/07/27

大虚山光悦寺(たいきょざんこうえつじ)がある洛北鷹ヶ峰の地は、元和元年(1615年)に徳川家康よりこの地を与えられた本阿弥光悦が移り住んだ所です。 本阿弥光悦の生家である本阿弥家は、室町時代から刀剣を鑑定してきた名家であったことから、光悦...

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迷いの窓、悟りの窓「源光庵」

投稿日 2014/07/27

平安時代には都の中心を南北に延びていた朱雀大路、現在は千本通りとその名も変わり北区鷹峰まで続いています。 京の街を南北に延びる千本通りは、今宮通りと交差する辺りから鷹峯街道(たかがみねかいどう)とも呼ばれています。 緩やかな上り坂の...

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吉野太夫ゆかりの寺を訪ねる「常照寺」

投稿日 2014/07/26

江戸時代初期、本阿弥光悦が移り住んだ鷹ヶ峰。 鷹ヶ峰の地にある寂光山常照寺(じゃっこうざんじょうしょうじ)は、元和二年(1616年)に本阿弥光悦から土地の寄進を受けた後、光悦の子・光瑳の発願によって、身延山久遠寺第二十一世・寂照院日乾を招...

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