松尾大社の名園、松風苑
京都の西、嵯峨の南に位置する松尾大社をご紹介します。
松尾大社は平安京以前の京都に古くから勢力のあった秦氏の氏神で、賀茂神社と並び京都で最も古い神社の一つ。嵯峨の渡月橋から桂川沿いに2km程南下した所にあり、裏手の松尾山を含む広大な境内を誇ります。阪急嵐山線「松尾」駅から徒歩5分で来られますし、京都駅からバスも多数出ており、交通の便には事欠きません。ちなみに秦氏は、松尾大社以外にも伏見稲荷や蚕ノ社、太秦の広隆寺を建立するなど、大きな勢力を持つ朝鮮半島からの渡来系氏族でした。聖徳太子の補佐役として有名な秦河勝は、この秦氏の出身です
さて、まずは鳥居で一礼して境内に入ります。鳥居の注連縄に何かがぶら下がっていますが、これは13本の榊が乾燥したもので、豊作を祈る風習なんだそうです。
参道を進むと、京都最古の神社に相応しい立派な楼門が出迎えてくれます。
太古から信仰を集める神社だけに、本殿(重要文化財です)には参拝者が絶えません。
お酒の神様としても信仰を集めており、酒造メーカーから奉納された酒樽がずらりと並びます。
さて、境内を早足でご覧頂きましたが、今回の本番はここからです。松尾大社では、拝観料500円(大人)で、知る人ぞ知る名園が3つも堪能できるのをご存知でしょうか。
現代庭園学の重鎮、重森三玲の遺作で松風苑三庭と呼ばれ、四国の吉野川上流から運んだ緑泥片岩を多用した豪快華麗な作風が特徴です。
重森三玲は全国の名園を実測調査した庭園研究家であり、東福寺の方丈庭園等の数々の名園を作庭した芸術家・作庭家でもあります。もともとは画家を目指していたようですから、美的バランス感覚の鋭い人だったかと思います。
前置きが長くなりましたが、まずは「曲水の庭」を御覧ください。
曲水の庭は王朝文化全盛期の平安貴族が雅に遊ぶ場を表現したもので、城南宮で催される「曲水の宴」の一場面を思い起こさせます。曲水の宴は、水の流れのある庭園などで流れのふちに出席者が座り、流れてくる杯が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、出来なければ罰として盃の酒を飲むという、なんとも雅な行事です。
春には皐月の花が咲き、曲水の庭もいっそう華やぎます。
また曲水の庭の奥には宝物館があり、日本最古の彫刻神像といわれる男女二神の木造座像や、源頼朝・織田信長・徳川家康等の天下人の書状といった、貴重な展示物が見学できます。また宝物館の下には、色違いの砂に巨石を配置したモダンな枯山水(松風苑三庭とは別です)、即興の庭が控えます。
さらに順路を進むと「上古の庭」が見えてきます。松尾山中の磐座(いわくら)を表現した庭で、中央に寄り添う二つの背の高い石が御祭神の男女二神、その周りの多数の石が諸神、一面の丹波笹が山の木々だそうです。圧倒的な存在感のある巨石群を是非、実物で体感ください。ちなみに、笹には50~60年でいっせいに実をつけて枯れてしまう習性があり、その度に笹を植え替えるんだそうです。
さらに順路を進み、上古の庭の裏手に回ると松尾山の磐座につづく参道の入り口(鳥居)がありますが、ご祭神が降臨される聖地だけに立ち入りは禁止です。
鳥居の横を抜けて進むと、松尾山裾に流れる霊亀の滝に到着。この清流が曲水の庭に注がれます。
さらに進むと神泉、亀の井が。この湧き水を酒に混ぜると腐敗しないと伝えられ、これが松尾大社が酒の神として信仰される所以だそうです。今でも名水としても知られ、愛嬌と力強さを兼ね備えた亀の像から流れる水を汲みに来る方も多いそうです。
この亀にもちゃんと伝承があり、松尾の神様は川を移動される際に、急流では鯉に、また緩流では亀に乗ったとされ、この言い伝えから鯉と亀が神の使とされます。
さて、三庭のうち二つを拝観したところで、いったん参拝エリアに戻り、松風苑三庭の大トリ「蓬莱の庭」に向かいます。
名前の通りモチーフは仙人の住む海上の山、蓬莱山です。池が海、岩が海に浮かぶ島を表現し、庭全体が羽を広げた鶴の形をしています。
蓬莱の庭の一番奥には龍門瀑があり、暑い夏には涼し気なこの水音が心地よく耳に響きます。拝観される際は、滝を模した岩から流れ込む水音に耳を澄ませながら、仙人が海に浮かぶ島々を歴遊する様を思い浮かべてみてください。
蓬莱の庭を奥から一望すると、巨石を多用する重森作品の特徴が良くわかります。これだけの巨石を集めて配置するだけでも大変な労力がかかったでしょうね。ちなみに、この庭は重森三玲が形を指示し、長男の完途(かんと)がその遺志を継いで完成させた、唯一の親子合作だそうです。
三庭を拝見して再び参拝エリアに戻り、改めて本殿を眺めますと、さすが古神道の神社、松尾山を借景にした姿が様になっています。やはり神社は、鎮守の森やご神体山と一緒に保存して信仰すべきと感じました。(完)
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