祇園祭り”は怨念封じのため!?京都・八坂神社の 二つの祭り

縁結びや開運などの祈願で多くの人たちが訪れる京都・東山の八坂神社。この神社では、京都を代表する二つの祭りが行われます。ひとつが八坂神社で、大みそかの12月31日の晩から始まる『おけら参り(をけら詣り)』。除夜の鐘を聞いた後に行われるお祭りです。

厄除けとされる薬草の“おけら”を燃やした火を、ぐるぐると巻いた細い縄に移し、この火が消えないようにグルグル回しながら家まで持って帰り、この火でお雑煮を作り、無病息災を願うというもの。

実際に体験しましたが、当時の筆者は京都から離れた大阪の南部に住んでいたので、家に帰るまで3時間以上かかり、その間、おけらの煙を吸い続けたため、のどを痛め、正月早々、3日間寝込んでしまい、それ以来、おけら参りをしていません。

豪華絢爛な“動く美術館” 多少イラつくことも

もう一つは、7月に行われる『祇園祭(ぎおんまつり)』。長刀(なぎなた)などを立てた山鉾(やまぼこ)は豪華絢爛で、「♪コンチキチン」という軽やかなお囃子(おはやし)とともに、京都市内を練り歩きます。

“動く美術館”とも言われ、日本三大祭りの一つに数えられていますが、これは八坂神社のお祭り。見物人が非常に多いのが難点ですが、たいへん情緒的で風情あるお祭りで、見ごたえがあります。

ただ、大阪・岸和田のだんじりと違って、たらたら動くので、多少イラつくことがあります。たおやかな京都人と違って、大阪人はせっかちです。

そもそも、この祇園祭は怨霊を退治する祭りとして行われました。京都は盆地で、高温多湿の地。平安京が置かれたころは内陸の湿地帯だったため、疫病が流行りやすく、急激な人口増や下水道の不備もあって、インフルエンザや赤痢(せきり)などの病気が大流行。たくさんの人々が亡くなり、その亡骸で鴨川の流れがせき止められたそうです。

呪術師の陰陽師(おんみょうじ)が「これは怨霊(おんりょう)のしわざに違いない」と言い出すので、都はたいへんな騒ぎ。そこで、祟りを防ぐためのお祭りが、二条城の近くにある『神泉苑』(しんせんえん)というお寺で行われました。

祇園祭りは国際色豊か

『神泉苑』で行われた祭りは御霊会(ごりょうえ)というもの。しかし、その後も疫病が続いたので、さらに大規模なお祭りで悪霊を追い払おうとしました。それは、平安京時代の国の数と同じ66本の鉾(ほこ)を立てて、インドの疫病神『牛頭天王(ごずてんのう)』を祀ったもの。

八坂神社におみこしを送って悪霊を鎮め、山鉾(やまぼこ)を繰り出して、歌や踊りながら街を練り歩くようになりました。八坂神社は、江戸時代までは「祇園社」という名前だったので、このお祭りを“祇園祭り”と呼ばれるようになりました。

もともとはお役所の行事でしたが、16世紀以降からは京都の民衆のお祭りとして発展。ペルシャじゅうたんや、ベルギーのタペストリー、中国の明王朝から取り寄せた錦などで山鉾を豪華絢爛に彩り、京都人の意気込みが感じられるお祭りです。国際色が豊かで、きらびやかなお祭りなのに、怨念を退治するためのものだったとは。

祭りは、人の魂を鎮める行事。魂は身体から離れることもあり、死んだ後も残り続けるものという考えがあるのでしょう。そんなことを思わなくても、祭りに何か感じるというのは、古い祖先の記憶が自分の知らないところで埋め込まれているからなのかもしれません。

鶏鉾を照らす提灯
Photo by ichi

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