美を超越した世界へ 相国寺承天閣美術館「十牛の庭」

十牛・・・ただの牛とは呼ばないで

「じゅうぎゅう」です。「十牛の庭」というネーミングですが、もちろん本当に牛がいるわけではありません。この「十の牛」は、禅における「真の自己」をなそらえています。中国の廓庵禅師が創案し、室町時代に日本に広まりました。
ある牧人がいなくなった牛を探して旅に出ます。あきらめかけてもあきらめず、ようやく発見し、また手懐けて・・・ああよかったこれで終わり、ではありません。この牛(真の自己)が導くたびはさらに壮大で、穏やかでくつろぎに溢れた世界への始まりなのです。

十牛図・・・中国伝来の禅入門図

「真の自己」を探す旅の過程が4コマまんがならぬ10コマまんがで描かれているのが、「十牛図」(伝 周文筆)です。順を追って見てみましょう。(参考は横山紘一『十牛図入門』幻冬舎)

①尋牛(じんぎゅう)
牧人は牛を探して、ただ一人あちこちを探し歩きます。人は「どう生きるか」を考えがちですが、その前にまず「自分とは何か」を考えよ、というメッセージです。
②見跡(けんせき)
ふと、牧人は牛の足跡を見つけ、喜んでそれをたどっていきます。釈迦の教えに出会い、「真の自己」への手がかりを見つけた場面です。
③見牛(けんぎゅう)
とうとう牛を発見。「いまこの瞬間を、まさに自分自身が生きる」ということを知ります。
④得牛(とくぎゅう)
嫌がる牛に縄をかけて、何とかして捕らえようと必死にがんばります。意識を集中させ、目の前の修行に励む様子です。
⑤牧牛(ぼくぎゅう)
牛はすっかりおとなしくなりました。数々の煩悩にも動じない、悟りの境地に達したのです。
⑥騎牛帰家(きぎゅうきけ)
笛を吹きながら悠々と牛に乗って家を目指します。牛も笛の音に合わせて、まるで歌っているかのような楽しげな表情です。捜し求めた「自分」を手にした喜びの場面です。
⑦忘牛存人(ぼうぎゅうそんにん)
牛小屋に牛を入れ終わった牧人は、その前でほっこりひと休み。「牛がいない」ということは、つまり正真正銘「真の自己」になれたということを暗示しています。
⑧人牛倶忘(じんびゅうくぼう)
大事件発生。なんと白紙です。「自分そのもの」がなくなったということは決して悪いことではなく、「自分以外のすべてのものに意識が向けられるようになった」と言えるでしょう。
⑨返本還源(へんぽんげんげん)
草木と川だけの妙な静けさ。自然が誰に(何に)対しても分け隔てなく存在するように、牧人もそのようになったのです。彼はこの絵に「いない」のなく、「自然ものものになった」のかもしれません。
⑩入廛垂手(にってんすいしゅ)
再登場の牧人ですが、もはや以前のような彼ではありません。大柄でふくよかでにっこり笑い、今度はかつての自分とよく似た容姿の男性と向き合っています。

牛(真の自己)がどこへ行ったか人に尋ねることもせず、ただ一人で探し始めた牧人ですが、連れ戻して終わり、ではなく、ついには人と人とのつながりの中で誰かのために生きることを知ったのです。

十牛の庭・・・岩との対話

緩急あるさまざまな深みある緑。それらをまとうように佇むごつごつした岩々。この岩こそが牧人と牛です。
どれが「尋牛」かどれが「見牛」か・・・ん?数が足りない!!
実はどれがどの場面、というわけではないそうで、あくまで「十牛」の世界を抽象的に表現したのがこの庭だとのことでした。あーなんてどこまでも禅らしい!答えは自分の中にあるということなのでしょうか、あれこれ考えるのもまた一興。

この庭は見る角度によっていろいろな表情を見せます。岩は茂みに隠れてみたり、ぽつんと際立って見えたり、草と仲良く日差しに影を作ったり。木々は風に揺れて波打ってみたり、鳥のさえずりと呼び寄せたり・・・。
一見鬱蒼として見えますが、互いが尊重しあっているような、高めあっているような印象があります。

芸術鑑賞の合間にひと休みを

この「十牛の庭」は、美術館の二つの展示室をつなぐ廊下から、大きな窓越しに見ることができます。写真撮影もできますし、腰掛けて休めるソファもあります。また廊下には、写真のような絵画作品が展示されていて、購入できるものもあります。

承天閣美術館では年間を通じ、特別展の貴重な美術作品だけでなく、常設で金閣寺や銀閣寺の貴重な文化財なども見ることができます。とくに若冲ファンにはたまらないはず。

それらの美術・芸術が醸し出す圧倒的な世界の中で、鑑賞の合間に、少し時間を忘れて自然を感じてみるのもおすすめです。訪れる時間帯によって、空の色も太陽が作り出す影も異なり、うっとりほっこりしているうちに心も安らいでいくようです。

相国寺氶天閣美術館②
Photo by Koichiro

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