若宮八幡宮 わかみやはちまんぐう
- 若宮八幡宮社
- 陶器神社
歴史
当社はもと六条醒ヶ井(さめがい)にあり、源頼義(よりよし)(八幡太郎義家の父)が八幡の若宮として祀ったものと伝えられています。
当初は六條(ろくじょう)八幡、左女牛(さめがい)八幡とも呼ばれ、源氏一族や多くの武士からの信仰厚く、室町時代には足利歴代将軍の崇敬を集め隆盛を極めましたが、応仁の乱により社殿は荒廃し、以後社地も転々とし、慶長10年(1605)この地に移りました。
現在の社殿は承応3年(1654)に再建されたもので、本殿には仲哀(ちゅうあい)天皇、応神(おうじん)天皇及び神功(じんぐう)皇后を祀り、相殿(あいどの)には仲恭(ちゅうきょう)天皇を祀っています。
霊石「蓬莱石」
本殿の脇に蓬莱石という霊石があります。これは、足利尊氏が病気にかかった際に病気平癒を祈願すると完治したことから、珍宝七種を献上されたものの一つといわれています。
また、境内には、足利義満が寄進した御影石の八角形の手水鉢があり、「足利将軍参詣絵巻」にも描かれています。
陶器神社
1949年(昭和24年)には、陶祖神椎根津彦命(しいねつひこのみこと)が合祀され、陶器神社とも呼ばれるようになりました。毎年8月8日の若宮八幡宮例祭の前日から4日間は、氏子の陶磁器業者が中心となり五条坂一帯で盛大な陶器祭りが開催されます。
身も心も美しく
美しく強かったという御祭神の一人である「神功皇后(じんぐうこうごう)」は住吉大神の神託により、お腹に子供(後の応神天皇)を妊娠したまま筑紫国から玄界灘を渡って朝鮮半島に出兵し、新羅の国を攻めました。新羅王は白旗を上げ戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗と百済も朝貢を約束したといわれています。
その神功皇后に由来し、美容や美人祈願、縁結び、安産、子育て以外にも勝運の御利益がある神社となっています。境内には、なでると縁結びのご利益があるというハート型の神石や、二本の木が一つに結ばれた「縁結びの木」があり、縁結びのご利益がありそうな雰囲気に満ちています。
- 所在地
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〒605-0846
京都市東山区五条橋東5丁目480 - 正式名
- 若宮八幡宮社
- 創建年
- 1053年(天喜1)
- 御祭神
- 仲哀天皇・応神天皇・神功皇后
- 例祭
- 8月8日
- ご利益
- 厄除開運
- 文化財
- 本殿(市・有形文化財) 足利将軍参詣絵巻(市・文化財)
- 交通アクセス
- 京阪電車「清水五条駅」下車、徒歩約10分
- 公式Webサイト
- https://wakamiya-hachimangu.jp/
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