京都の観光スポット

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しょうこくじ

相国寺

Shokoku-ji Temple

  • 紅葉の名所

金閣寺を建てた足利義満のお寺

臨済宗相国寺は、金閣寺を建立したことで有名な足利三代将軍・義満が発願し、後小松天皇の勅命を受け、1392(明徳3)年に完成しました。境内には13の塔頭寺院があります。また、山外塔頭として、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)、真如寺があります。
応仁の乱の兵火により諸堂宇は灰燼に帰しましたが、禅宗行政の中心地として多くの高僧を輩出し、室町時代の禅文化の興隆に貢献しました。後に豊臣氏、徳川氏の外護を受け、伽藍も整備されましたが、天明の大火で再び焼失。その後、1807(文化4)年にようやく旧観を復興するに至りました。秋になると、門から法堂までの参道は赤く色づき、紅葉を楽しむことができます。

足利義満の「花の御所」

相国寺の西隣、現在の同志社大学寒梅館の一帯に、室町第跡があります。室町第は相国寺が完成するよりも前、1371(応安4)年に創建されました。四季の花が植えられ、多くの花が咲き乱れる様子から室町第は別名「花の御所」と呼ばれました。

夢窓疎石と独園承珠

相国寺に関連する人物として、足利義満の他に夢窓疎石や独園承珠らが挙げられます。
夢窓疎石は伊勢国出身で、南北朝時代に起こった足利家の内紛(観応の擾乱)で調停を行うなど足利家と縁があり、京都の天龍寺や西芳寺をはじめ多くの庭園を設計し、造園芸術にも才がありました。また、天龍寺の造営資金の捻出のために日元貿易も促進しました。

独園承珠(どくおんじょじゅ)は23歳で京都に上り、相国寺僧堂の大拙承演に侍すること十年余りで印許を得ました。その後、自身の仏教に対する信念に基づき、明治17年には各宗諸氏と謀り、京都に共済金を設け、貧民の救済と子弟の教育にあたりました。また、財政の危機に瀕した相国寺を立て直すために、伊藤若冲の描いた花鳥画30幅を宮内省に献じて金壱万円の下賜金を得て相国寺の維持金とし、境内地一万八千坪を買い戻すなど、交渉力と熱意で仏教の布教を行いました。

寺紋「離れ二つ引き両」

寺紋「離れ二つ引き両」

相国寺の寺紋は、正式には「離れ二つ引き両」です。「外円の丸」と「二引き」の間が空いているのが特長です。
他に使用する紋として「五七の桐」(足利家)もあります。

所在地
〒602-0898 京都市上京区今出川通烏丸東入
TEL
075-231-0301
FAX
075-212-3591
正式名
萬年山 相国承天禅寺
山号
萬年山(まんねんざん)
宗派
臨済宗相国寺派
本尊
釈迦如来
創建
1382年(永徳2)
開基
足利義満、夢窓疎石(開山)
文化財

無学祖元墨蹟(国宝)
法堂・紙本墨画猿猴竹林図ほか(国・重要文化財)
相国寺10棟(府・登録文化財)
絹本墨画淡彩花鳥図 座頭屏風 狩野探幽筆(市・登録文化財-美術工芸品)
相国寺裏方丈庭園(市・史跡)

料金

境内自由

特別拝観
 大人 800円
 中高生、65歳~ 700円

時間

10:00~16:00 (16:00受付終了 16:30閉門)

交通アクセス

地下鉄「今出川駅」下車、徒歩約5分
市バス「同志社前」下車、徒歩約5分

公式ウェブサイト
http://www.shokoku-ji.jp/s_about.html
備考

春秋に特別公開有り

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※ [  ] 内は、相国寺からの直線距離

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