京都の観光スポット

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にじょうじょう

二条城

Nijoh-joh Castle

  • 梅の名所
  • 桜の名所
  • 紅葉の名所
  • 世界遺産
  • ★★ ミシュラングリーンガイド 二ツ星

1601年(慶長6)5月、関が原の戦いで勝利した徳川家康は、上洛時の宿所として二条城の築城を決め、西国の諸大名に普請費用・労務を課しました。
1603年(慶長8)には現在の二の丸部分が完成し、家康は征夷大将軍補任の宣旨を受けた後、竣工間もない二条城に入城、将軍就任祝賀の儀を行いました。
1611年(慶長16)徳川家康と豊臣秀頼の会見が行われた後、徳川・豊臣の関係は悪化、1614~1615年(慶長19~元和1)大阪の役が勃発、その際に家康の本営となりました。
1624年(寛永1)に家光が将軍となると、天皇の行幸を迎える為、大規模な改修が行われます。寛永3年には、本丸・二の丸・天守が完成、現在の敷地規模となり、同年9月後水尾天皇の二条城行幸が5日間にわたり行われました。
1634年(寛永11)7月、将軍家光は30万を称する大軍を率いて上洛・入城して以後、幕末の動乱期までの約230年間、二条城に将軍を迎える事は絶え、歴史の表舞台から姿を消しました。
1750年(寛延3)8月、落雷により五層の天守が焼失、1788年(天明8)1月の大火によって、本丸御殿、隅櫓等が失なわれてしまいました。
施設の破損については修理が行われたが、失なわれた建物については再建されることなく幕末を迎えます。
1862年(文久2)第14代将軍家茂の上洛に際し、ようやく改修が行われました。二の丸御殿は全面的に整備修復し、本丸には仮御殿が造営されました。
家茂死去後の1866年(慶応2)12月、城内にて一橋慶喜が第15代将軍拝命の宣旨を受けますが、時代は討幕へと傾き、1867年(慶応3)10月、二条城に四十藩の重役が参集し、大政奉還の会議がなされました。そして二の丸御殿大広間にて慶喜が大政奉還を発表し、将軍職を返上しました。
その後は、城内に太政官代(現在の内閣)が置かれ、二の丸御殿内に府庁が置かれる等、明治新政府の政庁として使用されていましたが、1884年(明治17)に「二条離宮」として、宮内省が管轄する所となりました。
1915年(大正4)には大正天皇即位の大典が行われ、それに伴い南門や大饗宴場が造営されました。
1940年(昭和14)宮内省から京都市へ二条離宮が下賜され、翌年「恩賜元離宮二条城」として一般に公開される様になりました。

桜の季節の見どころ

城内に咲き誇る山桜や里桜、内堀南側の「桜の園」や、北側の「清流園」などにサトザクラやヤエベニシダレ、八重紅枝垂桜など約220本の桜や庭園などを、600個を越えるライトにより華麗にライトアップするとともに、通路を足下灯で演出し、幽玄の世界を創出します。

【桜の本数】 約400本(ライトアップ区域は200本)

ミシュラングリーンガイド

【二条城】・【二の丸御殿】が二ツ星に、
【唐門】・【庭園】が一ツ星に選ばれています。

所在地
〒604-8301 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
TEL
075-841-0096
FAX
075-802-6181
正式名
元離宮二条城
創建
1603年(慶長8)
文化財

二の丸御殿白書院・黒書院・大広間など(国宝)
本丸櫓門・本丸御殿玄関・二の丸御殿唐門・二条城二之丸御殿障壁画など(国・重要文化財)
旧二条離宮(国・史跡)
二之丸庭園(国・特別名勝)

料金

大人 600円
高校生 350円
中学生 350円
小人 200円
小学生未満 無料

時間

8:45~17:00(入城は16:00まで)

駐車場

有り(バス30台分、2500円/2時間 自家用車216台分、600円/2時間)

最寄り駅
二条城前駅
交通アクセス

市バス「二条城前」下車
地下鉄東西線「二条城前駅」下車

公式ウェブサイト
http://www.city.kyoto.jp/bunshi/nijojo/
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